私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『新釈 走れメロス 他四篇』 森見登美彦

2007-05-25 21:57:43 | 小説(国内男性作家)


約束の時間までに帰らなければ、図書館警察の人質になった友人は学園祭でブリーフ1枚で踊らなければならない。その約束を守らないために、全力で京都中を逃げ回る男を描いた表題作をはじめ、4編を収録。
新山本周五郎賞作家による、文豪の名作を独自にアレンジした短編集。
出版社:祥伝社


本作は文豪の短編をオリジナルに、森見登美彦が独自の解釈で描いている。どの短編もそれぞれ作品のトーンが違っていて、その描き分けのすばらしさに圧倒される。

たとえば「桜の森の満開の下」。
この作品で真っ先に目を引いたのはその文体だ。どこかしっとりとした叙情的な文章が実に美しい。その美しい文章で、男女の感情の行き違いを鮮やかに浮かび上がらせており、最後まで一気に読ませる。
特にラストのシーンの風景などは、その文章にかっちりとはまっているのが印象深い。
もちろん文体だけでなく、ストーリーも心に残る。男の生真面目さゆえの、感情の袋小路はリアルに想像できてあまりに悲しい。そしてその心のずれを桜を使って描き上げているのが巧みだ。ラストの行動を選択せざるを得なかった男の孤独が余韻の残る作品である。

また「山月記」もすばらしい作品だ。
自分の生き方を自ら規定して凡人でないことを切に願うが、凡人への憧れがまったくないわけでない男。「桜の森の満開の下」と違い、こちらはよっぽど理知的に物語を紡いでいる。
しかしその理性的な世界の中から、阿呆でい続けることの苦痛が伝わってきて、少しだけ読後が切ないのが印象深い。

と、そんなシリアスな話を書くかと思えば、「走れメロス」のような、最高にくだらない話も書くからたまらない。
こちらはいつも通りの森見ワールドだが、文体に勢いがあるから、登場人物が起こす行動のバカバカしさが実に生き生きとしてくる。ラストのブリーフ一丁の踊りには文字通りの抱腹絶倒である。

ともかくも、それぞれの短編がそれぞれの個性を出していて、加えてレベルが高い。
山本賞を取った『夜は短し歩けよ乙女』よりも作者の才能を感じさせられる一級の作品集であった。

ちなみに原典を読んでおいた方が倍楽しめることだろう。

あと個人的に思ったのだが、この人、純文学の世界でもやっていけそうな気がした。『新潮』でも『群像』でもどこでもいいから、文芸誌に載せてくれないだろうか。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


そのほかの森見登美彦作品感想
 『太陽の塔』
 『夜は短し歩けよ乙女』


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